鬼門(きもん)って迷信?意味と由来

丑くん

丑です。

寅さん

寅です。
二人合わせて「うしとら」です!!


皆さんは「鬼門」って聞いたことがありますか?

わりと現代の日常でも使われる言葉だと思います。あまり良いイメージが無い鬼門ですが、実際のところ、どうなんでしょう?

鬼門とは?

鬼門とは「北東の方角」を指します。

東西南北にぐるっと十二支を配置させると、北東の方角には丑と寅がいます。

そんなわけで「ウシトラの方角」と言ったりします。

易(八卦)においては「艮(コン)」の方角になります。※日本では「うしとら」と読んで「艮」と書くのはそのためですね。

さて。

一般的に、鬼門は縁起が悪いとされ、忌み嫌われます。

「鬼門にトイレを作っちゃダメ」とか。

北東の方角だけに留まらず、自分が「嫌う対象」を、鬼門という言葉で表現したりしますよね。

例えば、苦手な相手に対して「あの人は鬼門だなー」とか言ったり。

鬼門は、なぜにここまで嫌われるのでしょうか。

昔から鬼門が忌み嫌われるのは、その名のとおり「鬼門」だからです。

つまり、鬼の門。「鬼」が出入りする門が鬼門なんです。この場合、鬼とは、邪気や凶事と解釈するべきでしょう。

北東の方角は、「鬼(邪気・凶事)」が出入りするところだと、昔から考えられてきたんですね。

鬼門と歴史

なぜか、昔から日本人は「鬼門」が大好き?で、広く浸透してますね。最も有名なのが東京の「鬼門封じ」でしょうか。

徳川家康が江戸城を築城する際、鬼門封じを行いました。家康のブレーンで、風水に詳しい天海僧正が鬼門封じとして、江戸城の北東に「上野寛永寺」を建立しました。

鬼門に寺院を立てて、仏のチカラで鬼の出入りを封じるわけですね。

さらに古くは、桓武天皇の御代の「平安遷都」でしょうか。都を京都に移した時も、京都の北東に鬼門封じとして「比叡山延暦寺」を建立しました。

その影響なのか、現在でも家とか建てる際は、やっぱり「鬼門」を気にしたりしますよね。

鬼門の正体・由来

では、そもそも、鬼門を最初に言い出したのは誰なのでしょうか。

「山海経(せんがいきょう)」という中国最古の地理書があります。中国古代の戦国時代から秦朝・漢代(前4世紀 – 3世紀頃)時代の本です。

紀元前も前の事ですから、地理書と言ってもこんにちの地理ではなく、極めて幻想的な地理です。言うなれば「西遊記」のような世界観というか。妖怪やら空想上の生き物がうごめく世界なわけです(^O^)

↓・・・なんか、こんなのが出てきたりします。

ですから、扱いとしては「トンデモ本」でしょう。

・・・さて、そんな「山海経」の中にこんな説話があります。

”中国の東方に度朔山(とさくさん)という山があったそうな。そこに恐ろしくデカい桃の木があったそうじゃ。桃の木の北東に伸びる枝が、ちょうど門のような形をしていて、そこから鬼が出入りして悪さをしたそうな・・・”

・・・これ。

これが鬼門の由来です(笑)

もう完全に「まんが中国昔話」じゃないですか。

この昔話が発端となって、長い間、鬼門封じだの寺院建立だの騒いでいるわけです。

今なお、この「鬼門」がどうしたこうしたで、(自称)陰陽師やら風水コンサルやらに不安を煽らたりしてカネを取られたりしてるわけですよ。

まとめ

 ♦北東の方角は縁起が悪い=「鬼門」。

 ♦鬼門の出典は、紀元前の奇書「山海経」。

・・・なんでもそうですが、恐ろし気に伝えられている伝承、言い伝えなどの由来を調べていくと、取るに足らない事が多いものです。

そんな鬼門でも、昔は、ある程度の根拠があったのかもしれません。例えば「鬼門の方角にトイレを作ってはならない」なんてのは、昔ながらの合理的な意味があると思います。だからこそ長い間、言い伝えられてきたんだと思います。

昔のトイレは今みたいな衛生的な水洗式でないので、ジメっとしていました。確かに、太陽も当たらない北東にトイレを作ったら、ますますジメっとするでしょうね。

しかし、今となっては・・・もう全てが、無意味です。

占い注意報です。

「鬼門」とか「天中殺」とか、一見恐ろし気な言葉は、まず疑ってください。

関連記事:【四柱推命】空亡(天中殺)は不吉?

丑くん

ちなみに「うしとら」だから、丑のツノと、寅のパンツで「鬼」のイメージが出来たんだよ。

寅さん

なんか・・・笑ってまうわ。

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