専門用語いらず!四柱推命とはなにか?究極の命理学をわかりやすく解説

寅さん

マジメに四柱推命を勉強しようと思ったんだけど、Wikiを読んでもまるでわからないんよ・・・。

丑くん

安心してトラさん
ボクも本を10冊以上読んだけど、よく分からないよ。

寅さん

そんなんだったらもうやめちまえ。


そうなんです。

四柱推命はたいへん難解で、学べば学ぶほどに分からなくなる学問です。

あなたも、誰かを占おうと本を読み、1冊ではよく分からず、2冊目を読んで、さらに意味がわからなくなり・・・結局、四柱推命そのものを投げ出した・・・なんて経験ありませんか。

そもそも四柱推命とは何なのか?

いろいろな本を読んだあなたでも、この問いに明快に答えることは難しいと思います。たくさんの方が曖昧なまま学んでいるのが四柱推命の実情でしょう。

いったいなぜこんなにややこしいのか。

誰がこんなに難しくしてしまったのか。

ここでは四柱推命の本当の意味を超シンプルに考えてみたいと思います。これから四柱推命を学ぶ人も、現在学び始めた方も、まずこの記事をお読みください。

謎の文字「十干」の本当の意味


そもそもコトのはじめは、この有名な10文字です。

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

俗に「十干(じゅっかん・じっかん)」と言います。

この10文字は実に特別です。

紀元前の甲骨文字に、もう、その姿を見ることが出来ます。黄河に文明が始まってすぐに出来た10文字でしょう。

これらの文字の意味するところは話が長くなるので、また別の機会に書くとして・・・。(そういうのはどこの書籍でもさんざん書いてあります)

結局、この10文字は何を意味しているのでしょうか。

結論。
これらは「時の流れ」を表した記号なんです。

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

時の流れを切り取った記号です。


甲→乙→丙→丁→戊→己→庚→辛→壬→癸→(甲に戻る)

こんな感じで、「何かしら異なるエネルギーが・・・時を流れていく・・・」と、古代中国人は解釈したわけです。


話を簡単にするためにざっくりと書きますね。

今年「甲」年ならば、来年「乙」年、再来年は「丙」・・・。

今月「甲」月ならば、来月「乙」月、再来月は「丙」・・・。

今日「甲」日ならば、明日「乙」日、明後日は「丙」・・・。

現在「甲」の刻ならば、次の刻は「乙」の刻、次刻は「丙」の刻・・・。

そうやって古代中国人は「暦」を作りました。俗にいう「干支暦(かんしれき)」です。

干支暦はいまなお生きています。太陽暦や太陰暦みたいに「調整」の必要が無いので簡単です。干支という記号が無限にループするだけの話なので。

例えば、ちょうどこの記事を書いている、いま、2019年7月7日(午後7時)でしたら、己年、辛月、乙日、丙刻・・・です。

つまり下記のようにあらわすことが出来ます。

これで、十干が4つ、つまり四柱が出揃いました。※(実際には下にも十干が四つ並んで、合計8文字で四柱となります)

もし、あなたの出生時刻が、2019年7月7日(午後7時)だったならば、これがあなたの「誕生命式(たんじょうめいしき)」となるわけですね。

そして、あなたは日干「乙」の人になるわけです。※後述しますが、乙は「木」の五行です。

もうこの情報だけで、ネットなんかの占いサイトですと「あなたは木で、乙(陰)の人で、性格は植物のように優しく・・・」みたいな安易な診断が出てきます。

くれぐれも安易な占いにご注意ください。

「占い」とは解釈の違い


さて、古代中国人は時の流れに、なにかしらの変化を感じて、その変化を記号(漢字)にしました。

甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸

いわゆる「十干(じっかん)」ですね。

やがて、十干は、東洋哲学の「五行思想」と融合します。

五行思想は、「この世のすべては『木・火・土・金・水』の5つの元素で構成されているのでは・・・」という古代中国の独自の解釈、イメージ、思想です。

十干も五行とくっつきます。

さっきの「2019年7月7日(午後7時)」の命式をイメージとともに、もう一度みてみましょう。

そうすると、木や火などの5種類のエネルギーがぶつかって、増幅したり弱まったり、なにかしらの化学変化が生じるのではないか・・・?と古代中国人は考えました。

この化学変化をどう解釈するか?

それが、「占い」です。

この解釈が難しいので、占いはなかなか当たらないわけです。

解釈が人それぞれなんで、いろいろな流派があったりするわけです。

 

五行の関係性「相性・相克」について知りたい方は、下記のサイトをご覧ください。

関連記事:五行「相性・相克」の本質をわかりやすく解説

現代四柱推命は一冊の書から始まった?


五行のエネルギーの化学変化をどう解釈するか。どう読み解くか。

この解釈が、人それぞれなんで、何千年もああだこうだやっている間に、膨大なウンチクが出来上がってしまいました。

これが四柱推命を複雑怪奇にしている決定的な理由でしょう。

神殺だの天中殺だの、なんたら干合だの、様々な人がかかわる中で、四柱推命は余計な解釈が沢山あります。

関連記事:特殊星・神殺は多くても少なくても大丈夫

何千年も色々な解釈がされてきたわけですが、中世に決定的な1冊の本が登場します。

1368年頃、明の軍師・政治家であった劉基(劉伯温)が、『滴天髄』(てきてんずい)という書を世に出します。

※世に出す、といっても限られた一部の知識階級だけでしょうね。そもそも四柱推命自体、宮廷内で密かに執り行われた秘儀だったはずです。

この「滴天髄」こそが源流にして、諸説全てを統合せしめた名著だったわけです。

それまであった四柱推命にまつわる迷信、妄信の類を一蹴して、極めて科学的な態度で、簡潔な文章でまとめ上げた名著こそ「滴天髄」だったわけです。※「滴天髄」がどれくらい凄い名著だったかは別の機会に譲ります。

もちろん「滴天髄」がパーフェクトというわけではありません。

それはまあ、700年も前に書かれた書籍ですから。

しかしここで四柱推命は一応の完成をみることになるわけです。

それからも更なる解釈が足されたり、否定されたりなんやらで、ぐちゃぐちゃしながら今に至る・・・それが実情です。

まとめ

 

丑くん

つまり 現代の暦を「干支暦」に置換して・・・。
並んだ干支に「意味付け」をしていくのが「四柱推命」なんだね!

寅さん

その「意味付け」をウマくまとめたのが 中世の「滴天髄」という本だったわけやね。


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