丙午(ヒノエウマ)の女は男を食う? たった1つの見方で迷信を一刀両断する!【四柱推命】

みなさんは、丙午(ひのえうま)と聞いて、どのようなイメージを持たれますか?

・気が強そう、気性が激しい。
・結婚しても破局しそう。
・なんだか火事になりそう。

そんな不吉なイメージを持たれる方が多いと思います。どうして、丙午にはネガティブなイメージがつきまとうのでしょうか。

四柱推命で鑑定をした場合、実際のところはどうなのでしょうか。

看命をしてきた経験と知識をもとに「丙午」を一刀両断したいと思います。

「丙午」とは何か

「丙午(ひのえうま)」という言葉に何故か日本人はドキッとします。昔から伝えられるこの「丙午」とはどういう意味なのでしょうか。

「丙午」は60種類ある「干支(かんし・えと)」のひとつです。

例えば、この記事を書いている2019年の干支は「己亥(つちのと いのしし)」ですね。

実は「干支」は、「干」と「支」の、2つのグループから出来ています。

「干」グループは、10の要素から成り立っています。

「干」
甲・乙・丙・丁・戊
己・庚・辛・壬・癸

「支」グループは、12の要素から成り立っています。

「支」
子・丑・寅・卯・辰・巳
午・未・申・酉・戌・亥

この「干」と「支」の組み合わせは、全部で60種類あります。

「丙午」は、そんな60種類ある干支の組み合わせの一つです。
関連記事:六十干支とはなにか?意味を分かりやすく解説

なぜ「丙午」が嫌われるのか? 過去から現在までの歴史

この「丙午」の干支の組み合わせは、昔からとても嫌われます。

日本人に忌み嫌われはじめたのは江戸時代からです。

 江戸の火事が発祥?丙午問題のはじまり

もともと江戸は火事が多く「丙午の年には火災が多い」という迷信がありました。

なぜ、そんな迷信が生まれたか。
それは、東洋占いの原則ともいえる「五行説」から来ています。

古代より中国には「五行説」というのがあり、あらゆるジャンルの根本原理になっています。

この世の全ての物質・現象は「木・火・土・金・水」の五つで説明がつく、という中国特有の論理です。

干グループの「甲乙丙丁戊・・・」も、支グループの「子丑寅辰・・・」も、「木・火・土・金・水」の属性を持ってるんです。

「干」
木(甲・乙)

火(丙・丁)
土(戊・己)
金(庚・辛)
水(壬・癸)

「支」
木(寅・卯)

火(巳・午)
土(丑・辰・未・戌)
金(申・酉)
水(子・亥)

火の属性に注目してください。
「丙」「午」の属性だったわけですね。

ただでさえ「火」は「火事」を連想させるのに、「火」と「火」が重なっては「丙午の年は火事に気を付けろ・・・」と、火事の多い江戸で、不穏なウワサが広がってしまうのも仕方がない事かもしれません。

そして、そんな不穏なイメージが決定的になったのは「八百屋お七」からでしょう。

お七とは、江戸時代に放火事件を起こして処刑された八百屋お七のことです。坂本冬美「夜桜お七」でも歌われているので有名な女性かもしれません。

天和二年(1682年)12月、八百屋お七が自宅に放火しました。

お七の放火は、恋人を慕うあまりに取った行動なのですが、この時の火事は、通称「お七の火事」と呼ばれ長く人々の記憶に留まる事になりました。

そして八百屋お七は「丙午(ひのえうま)」の年の生まれだったと、いう話です。

・・・

丙午年の女には気を付けたほうがいい・・・
気性が激しく厄介だ・・・。

そんなウワサが江戸中で囁かれたかもしれません。

 人口激減 丙午と出生率

そこから丙午年が忌み嫌われ、出生率の減少につながっていきます。

江戸から明治になっても「丙午」のウワサが根強く語り継がれ、丙午年1906年(明治39年)は、前年より出生数が約4%減少しました。

更に「丙午年1966年(昭和41年)」の出生率は、極端に低く有名です。

この、昭和41年の出生率の低下こそが、丙午がいまだにウワサになる原因でしょう。

1966年(昭和41年)の出生率は前年に比べて25%下がりました。
出生数は136万974人。

「丙午」を忌み嫌い、この年に子供をもうけるのを避け、妊娠中絶を行った夫婦が後を絶たず、大変な問題になりました。

四柱推命から観る「丙午」

では実際の四柱推命の観点から看た時、「丙午問題」の真意はどう考えるべきでしょうか。

私自身、1966年生まれの女性を看命しましたが、丙午年生まれの女性が、特に気性が激しいとか、夫婦仲が悪いとかいう事はありません。

・・・では、まったくの迷信かと言えば、そうと言い切れぬ部分もあります。
そう言い切れないからいまだに語り継がれているわけですね。

 丙・午が並ぶと危険?


700年前に書かれた四柱推命の最高峰ともいえる名著「滴天髄」に、「丙火猛烈」と言葉があります。

「丙」は大変強い火の干です。
「午」も同様です。

そして四柱推命には「12運」という運のランキングづけをする要素があるんですが、「丙」と「午」が並ぶと必然的に、12運は最強の「帝旺」になります。
※「帝旺」は動物占いでいう「トラ」と同義です。

丙午によって、必然的にもたらされる最強運「帝旺」は、立身出世を願う男性にとっては良く働きますが、女性にとっては「男まさり」というマイナスの印象を与えてしまいます。

昔の占い師たちは「丙午」がその人の命式に並ぶのを見て「丙火猛烈、気性激しい」と占っていたはずです。

確かに干支が「丙午」の女性(女性に限りませんが)は、気性が強い・・・そうなる可能性があります。

 なぜ丙午を否定出来るのか?

四柱推命では「年・月・日・時」の4本の柱を看ます。
ここが重要です。

四柱推命とは「年・月・日・時」の四つの柱で出来上がった命式から、必然に起こるであろう事象を推論する技です。
※四柱推命とはなにか?究極の命理学をわかりやすく解説


「丙午問題」は、「年」の柱、「年柱(ねんちゅう)」だけしか見ていません。

「丙午の年に生まれた」

それだけしか見ていません。

この一点が、丙午問題を一刀両断するものの見方です。

「丙午」他、60種類ある全ての干支は、「年・月・日・時」それぞれの柱を循環しています。

ここで一番強い影響をその人に与えるのは「日」の柱、「日柱(にっちゅう)」です。これは四柱推命を学ぶ際の基本中の基本です。

昔の占い師たちも間違いなく「日柱」を見たはずです。

一番強い影響力を与える日柱に「丙午」の気配が現れているのを確認し(もちろん年柱、月柱、時柱、他の要素と照らし合わせて)、「古来言う丙火猛烈の並びゆえに、生来気性が激しく、男勝りで・・・」と占っていたわけです。

それが安易に「日柱に丙午が並ぶと気性が激しく、男勝りで」となり・・・

さらに安易に

「丙午年生まれは気性が激しい、丙午の女は夫を食い殺す・・・!」

となっていったのでしょう。

人間は、簡単で安易なものを情報源として、すぐウワサにするものです。

丙と午だけで占えたら、占い師は不要です。

今後の丙午

前述したように「丙午」は十干と十二支の組み合わせで表出します。

「丙午」ならば、10と12の公倍数の60年ごとに表出する仕組みです。
まあ「丙午」に限らず全ての干支は60年ごとに等しく回ってくるんですが。

つまり60歳で暦が還って「還暦」となるわけですね。
例えば「丙午」に生まれた人が、60歳になった時の干支は「丙午」ですね。

このまえの丙午が「1966年」でした。
60年後の「2026年」が次の丙午ですね。

その時も日本はヒノエウマのニュースで騒ぐと思います。

でもこの記事を読んでる貴方は、安い占いに惑わされずに、日々の幸せを感じて下さい。

※「ヒノエウマ」問題と、同様に「ごうのとら」問題も、安易な解釈が重なって産み出された迷信です。こちらもご留意くださいね。

“3”へのコメント

  1. 八百屋おしちのせいで 一生言われてる

  2. 秋家キコも丙午の生まれで9/11詰まりNYのテロがあった日でもある‼️夫を食い殺す干支であり世界的にも大事件を起こす恐ろしい‼️
    生年月日に生を落とした秋家キコ‼️
    NYといえばコムロが住んでいる‼️丙午はキコだけでなくコムロのオヤのカヨ癌も同じである‼️何か恐ろしい共通点あり‼️カヨ癌は夫を自殺に追い込んだ張本人‼️夫はカヨ癌に食い殺された‼️今にキコも秋殿下を食い殺すかもしれない‼️イヤ秋家ごと滅亡させるだろう‼️

  3. 祖母が丙午の生まれだったと今日初めて知りこちらへ辿り着きました。確かに波乱の人生でした。
    伴侶との間に5人子供を授かりましたが皆産まれて間もなくか、1年たらずで早世しています。
    養女をもらったみたいですが、祖母自身の我が強い事もあってか、
    精神を病みました。
    伴侶も若くして亡くしていますし、昭和の水害で家を流されています。

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